k-fujikawa の紹介

詩人、児童文学作家。認知症の母の世界を描いて、十数年。介護も終わり、そろそろ時々つぶやいてみようかと。命や認知症について全国各地で講演中。著作に『マザー』『君を失って、言葉が生まれた』(ポプラ社)、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)、『やわらかな まっすぐ』(PHP出版)等。

詩に曲がつきました*詩「扉」

◆私の詩「扉」に曲がつきました。曲付きの「扉」は岐阜県グループホーム協議会が、「一般の方々にグループホームとはどんなものなのか」を伝えたいとのご意向で作られたDVDに収められています。岐阜県グループホーム協議会の井戸孝憲さんが作曲して、ご自身で歌ってらっしゃいます。私も校歌の作曲などをするなど作曲もしますので、この著作使用依頼をいただいたとき、どのような作曲になるのかとても楽しみでした。YouTubeで公開されていますので、クリックして、今日はその詩も掲載していますので、是非ご覧ください。◆また、当サイト内の「講演実績」が見やすくなりました。サイト内のホームページの「講演会」に入って、「実績」をクリックしていただくと都道府県別の講演回数を表す日本地図が現れますが、その都道府県をクリックすると、過去の講演日、場所など講演会情報をご覧になれます。また、「実績」の下の「開催済」をクリックしていただくと、これまでの講演会を全てご覧になることができます。どうぞご覧ください。http://www.k-fujikawa.net/kouen_kiroku.php

扉(とびら)   藤川幸之助

認知症の母を
老人ホームに入れた。
認知症の老人たちの中で
静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた。
私が帰ろうとすると
何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ。
そしてどこまでもどこまでも
私の後をついてきた。

私がホームから帰ってしまうと
私が出ていった重い扉の前に
母はぴったりとくっついて
ずっとその扉を見つめているんだと聞いた。
それでも
母を老人ホームに入れたまま
私は帰る。
母にとっては重い重い扉を
私はひょいと開けて
また今日も帰る。
『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)


【詩*藤川幸之助】
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生かされている私*詩「桜の家」

◆この五月は多忙だった。絵本の原稿を書きながら、仙台空港に向かって宮城の七ヶ浜で講演をした。講演会場から遠くに見える海を見て、東日本大震災の悲しみが胸に迫った。◆講演を終えて長崎に帰ると、前々から指摘されていた心臓の具合が良くない。病院に行くと緊急に治療を勧められた。次の日、カテーテル手術で心臓の冠動脈にステントを2本入れてもらい、三泊四日で退院して、北海道に向かった。◆北海道の新得町と清水町で講演をした。旬のアスパラも行者ニンニクもいただいた。この2回の講演で北海道の講演回数が41回になった。帰りに帯広で「中華チラシ」を食べて、帯広の三大名物を制覇した(他の2食は豚丼、インディアンカレー)。◆何か子どもの書いた日記のようになったが、講演の合間に手術をして、いつも通りに過ごしている自分を見て、医学の進歩を深く感じた。自分のこの命が多くの人たちに支えられて、ここに生かされていることを改めてしみじみ思う。この週末は沖縄での認知症ケア学会での講演だ。2009年11月以来の沖縄での講演。【沖縄の方々、久しぶりの講演です。お誘い合わせの上ご参加ください(詳細は以下)。】◆今日の詩は、宮城の七ヶ浜での講演で「桜の家」という施設に書き下ろした詩をどうぞ。2017/05/25

◆藤川幸之助・講演 (日本認知症ケア学会・特別講演4)
 認知症の人と「この今」を生きる〜存在に耳をすますということ〜
◆2017年5月27日 (土) AM 9:00〜AM10:00
◆会場 沖縄県宜野湾市 沖縄コンベンションセンター・会議棟A/第2会場
問い合わせ  認知症ケア学会 電話:03-5206-7431

命が命を生かす瞬間より

桜の家    「七ヶ浜桜の家」開設記念に

  藤川幸之助
こんなにも繰り返すのに
こんなにも待ち遠しい

桜の花びらの舞い散る
桜色の道を歩くときまって
あなたに手を引かれて
小学校の門をくぐった
日のことを思い出す
母の手を強くにぎって
私ははなさなかった

今は春が来るごとに
あなたの手を引いて花見に行く
あなたは桜を見上げて
あーあーと声を上げる
私の手を強くにぎって

引いた側が引かれて
支えた側が支えられ
叱った側が叱られて
守った側が守られて
花びらの向こう側に
愛することがじっと佇んでいる
桜の花の淡い色の中で
時間だけが
静かに行ったり来たりする

こんなにも繰り返すのに
こんなにも待ち遠しい
桜の家
 2017.05.12

一筋の春風*詩「桜」

◆私の住む長崎ではツツジが開きはじめたが、今日、北海道の南端の松前町で桜が開花したと聞いた。春は始まりの季節。新たに志を抱きながらも、これから始まることへの不安を抱える季節でもある。だから、人は桜の花の淡い色に、人それぞれいろんな思い出や思いを重ねるのだろうか。◆3月の頭ぐらいから左目が見えづらくなった。歪んで見えたり欠けて見えたりしたので病院に行くと、原因が分からないと大学病院で再検査をしたが、なかなか原因が分からない。4月に入っても検査検査の繰り返しで、桜のことなどすっかり忘れていた。◆その日も、検査のため大学病院へ続く坂道を登っていると、たまさかに坂の上からの一筋の風が吹き、私は花吹雪に包まれた。目が見えづらいときにこんなに美しい春の色に包まれるとは皮肉なことだが、春は見るものではなく感じるものだと改めて感じた。今年の病院のこの桜との事をいつか思い出すことがあるのかもしれない。◆認知症の母の介護は24年間。私の人生のだいたい半分は、母の病気につきあってきたことになる。春になるごとに、毎年毎年今年が最後になるかもしれないと思いながら、母を花見に連れて行った。だから、春の桜の思い出は母とのが多いのも至極当たり前のこと。母が亡くなってもう5回目の春だというのに、淡い桜の花びらを見るとまだまだ母を思い出す。今日は、詩「桜」を。2017/04/24藤川幸之助

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         藤川幸之助
目の前の春は一つでした
目の前の桜も一本でした
母が認知症になる前は

今、私には桜の花びらが
幾重にも重なって見えます
今年の桜の花びら
その奥に去年の桜
そのまた奥におととしの桜
その一番奥には
母が認知症になった二十一年前の桜
鮮やかにはらはらと
重なり重なり散っています

それらの春の花見のどこかで
ウロウロしている母に
「母さん、どこへ行くの?」って
聞いたこことがありました
「お墓へ行きます」
と、母が言うと
「いっしょに行くぞ、母さん」
と、父は笑って言っていました

そんな父がふと
春になると
魂のような淡い色で
桜の枝に現れるのです
それまでどこに桜の樹があるのかさえ
すっかり忘れていたのに
だから、本当は嫌いなんです
この季節が
父が母を迎えに来ているようで
言葉のない母の心の
本当のところを見るようで
     藤川幸之助詩集『徘徊と笑うなかれ』(中央法規出版)

 

「悲しみ」と「悲しさ」の違い/詩「悲しみ」

◆久しぶりにブログを更新しました。1年2ヶ月間休みました。この期間、全国いろんな所に講演に伺いました。今日からこのブログをゆっくりとはじめたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。◆今日は、講演でもよく朗読する詩「悲しみ」と「悲しみと悲しさ」というエッセと講演会案内を。◆講演会の案内を以下に書いております。詳しくは写真をクリックしてポスターで確認してください。久しぶりの長崎市と京都市での講演です。ご来場をお待ちしています。2017/02/17

◆2017年2月18日 (土) PM 2:00〜PM 4:00
会場 長崎県長崎市栄町2-22 長崎市医師会館 7階講堂
講演内容 長崎市・市民健康講座
問い合わせ 長崎市包括ケアまちんなかラウンジ
00010
◆2017年2月26日 (日) PM 2:00〜PM 4:00
会場 京都府京都市 京都KBSホール
講演内容 京都福祉サービス協会・ホームヘルプ事業設立 30 周年記念講演会
問い合わせ 社会福祉法人 京都福祉サービス協会 人材研修センター  電話:075-823-3341 FAX:075-823-3349
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悲しみ

藤川幸之助
公衆便所で母のオムツを替えた
「カッカッカッ」と
母が笑うように何か言ったので
「母さんのウンコだぞ」と
母を叱りつけたが
「カッカッカッ」と
まだ笑い続けるので
オムツを床にたたきつけた
オムツを替え終わり
ウンコの飛び散った床を拭いた
その間に母がいなくなってしまった
「もういいかげんにしてくれ!」
母を捜しながら
このまま母がいなくなれば
私は楽になるかもしれないと
半日探した
母は亡くなった父と二人でよく行った
公園の芝生の上に座って
遠くに流れる夏の雲を見つめていた
さっきまで死んでもいいと思っていた
この私がよかったよかったと
母の手を取り涙を流した
母はまた「カッカッカッ」と笑った
だから私には分かるのだ
他人には無意味な母の叫びでも
それが悲しみだと
あの笑っているような母の声は
ぼけた自分をまのあたりにした悲しみだと
私にはしっかりと分かるのだ
徘徊と笑うなかれ』(中央法規出版)より
◆「悲しみ」は「悲しさ」とは少しばかり違う。「重さ」と「重み」で考えると分かりやすい。「赤ちゃんの重さ」となれば何千グラムとなるが、「赤ちゃんの重み」となると赤ちゃんを抱いている者の感覚や思いが「重み」という言葉の中には含まれている。◆このように、「~さ」は相対的で客観的な表現で、それに比べ「~み」が付くと、感覚的で主観的な表現に変わる。つまり、「悲しみ」とは、抱(いだ)いているその人が感じ、その人にしか分からない「悲しさ」なのだ。◆ある人からこんな話を聞いた。認知症の母親がお漏らしすることが多くなり、初めてオムツをはめてあげた時、ボケて何も分からないと思っていた母親が突然「こんなになってしまって、お前に迷惑をかけるなあ。ごめんね。ごめんね。」と、何度も何度も謝りながら泣くのだそうだ。言葉のない私の母の心の叫びを聞いたように感じた。◆母は思いを言葉にできないだけで、私にオムツを替えられながらこの母親と同じような気持ちなのではないかと思ったのだ。認知症になって母には母にしか分からない「悲しみ」があるのではないだろうか。私には到底分からない母の「悲しみ」。母にしか分からない言葉にならない母の深い深い「悲しみ」。言葉のない母の本当の思いに私は寄りそっているだろうかと後悔のように思ったのだ。
(詩・文/藤川幸之助)
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「うなぎ」と「ウナギ」*詩「ウソ」

◆昨日7月24日は土用丑の日だったが、忙しくて「うなぎ」を食べ損なった。この夏は8月5日(水)も土用丑の日のようなので、その日にと思っている。◆この「うなぎ」は「ウナギ」と表記するときもある。これは新聞表記のルールで、できあがった食品はひらがなで、その原料はカタカナで表記するというもの。◆料理された蒲焼きは「うなぎ」で、泳いでいるのや料理される前のは「ウナギ」となる。◆嘘も「うそ」だったり、「ウソ」だったりだが、心の中にあるうちは「ウソ」で、言葉になって口からでたものは「うそ」なのだろうか。今日は「ウソ」という詩を。

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ウソ
  藤川幸之助
ウソは思った
本当はホントウでいたいと
人の口から出ると同時に
自分が真実でないことを
ウソはうすうすと気づいていたが
ウソにはウソなりのプライドがあって
ウソのままでいることが
自分の真実なのだと
ウソはいつも自分に言い聞かせていた
ウソである自分が
人の口から生まれるときの
人の心の醜さも
人の心の弱さも
人の心の頼りなさも
時には小さな優しさになることも
ウソは知っていた
自分がいなくなれば
この地球は真実に近づくけれど
この世に自分がいない分
人の心が嘘に満ちてしまう
ホントウの顔をして
ホントウと真実を争うことは
結局は人の心を苦しめることになることを
ウソは知っていた
だから
ウソは嘘をつくことにした
嘘の嘘は真実
そう思って
ウソを突き通すのを止めて
ときどきウソは嘘をつくことにしたのだ
【詩・写真*藤川幸之助】
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