迷うことは深く知ること◆詩「本当のところ」

◆カーナビがあるので迷わなくなったが、スマートに目的地へ着ける分、その土地のことを深く知ることもなくなった。◆私はひどい方向音痴で、一度迷うと同じ道をグルグル回ったり、反対方向に曲がって目的地から遠く離れていったりだ。しかし、そのおかげで思いがけなく美しい海にたどり着いたり、その土地の人の優しさに触れたりと、その土地のことを深く知り得るのだ。◆認知症の母の医療の選択においても、私はいつも迷いに迷った。そんな私に医師が「誰でも迷うのですから、迷っていいんですよ」と言った。それ以来、私の「迷い」はこの何気ない医師の言葉に支えられていたように思う。◆迷った方が道のりは長く、その分学ぶことも多い。迷うことは、深く知り得ること。人生にカーナビなどない。スマートにいく道などどこにもない。迷い迷い学んでいくしかないのだ。今日は詩「本当のところ」を。◆明日は大分市で開催の「九州ブロック・地域包括・在宅介護支援センター協議会セミナー」で講演をします。大会参加の大分の方々、九州の方々、心を込めてお話しをさせていただきます。お目にかかるのを楽しみにしています。
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本当のところ
  藤川幸之助
胃瘻から栄養を入れることができないので
高カロリー輸液を
母に中心静脈から入れるかどうか
医師に尋ねられた
「母はもうくたびれています
 もうゆっくりさせたいので
 入れないでください」
と、私は言って帰った
これが私の本当のところ

するとそう延命というわけでもないし
入れていいんじゃないかと
妻が言い
兄も
医者をしている兄の娘も
入れるのに一票投じた
本当は私の一存で
母を殺していいのかと思っていたので
安心したというのも本当のところ

静脈から高カロリーを入れて
元気になっても
この肺の状態では一、二ヶ月後肺炎になって
またこんな状態になるのは目に見えている
母を生かし続けるのに
罪のようなものを感じた
実はこれも本当のところなんだ

いつもは不携帯の私が
便所に入るときも
風呂に入るときも携帯して
夜中何度も何度も枕元の携帯電話を確かめる
母の死にびくびくするこんな日々が
また続くのかとも思った
「私はもうくたびれています
 もうゆっくりしたいので
 入れないでください」
と、私は言いたかったのかもしれない
これもまた本当のところ

©FUJIKAWA Konosuke
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老いとは課題なのだ◆詩「最期の言葉」

◆京都で哲学者の鷲田清一さんと心理学者の小沢牧子さんと私とで、公開の鼎談をしたことがあった。その時の、鷲田さんの言葉。「年を取るということは、一人でできることがどんどん減り、自分ではどうにもならないものが増えてくるという感覚。老いの感覚は深く人間に問いかける。老いは問題ではなく、課題なのだ」と。

◆母の病気を見つめ続けた二十数年間だった。アルツハイマーで母の脳は縮小していく、それにあわせるようにできることが減っていく。歩けなくなれば車いすを押し、排泄ができなくなればおしめを替え、母のできないことを私が代わって一つ一つやってきた。

◆そんな中、「ああ大問題だ!」とばかりに混乱して、自分のことばかり考えてきた私のようなろくでもない人間が、母の痛みを自分のこととして感じるようになった。命とは何か、生きるとは何か、死とは何か、老いとは何か、母を通して考えた。老いた母が、言葉でではなくその存在から私に問いかけた。言葉のない母が私に問いを投げかけ続けた。課題ならば答えねばならぬようだ。今日は詩「最期の言葉」を。
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最期の言葉
                       藤川幸之助
母が認知症になって
肺炎はもう何度目だろうか
鼻から酸素吸入をして
左手には抗生剤の点滴をさして
顔を腫らして口を開けて母はもがいて

「きつかけど母さん頑張らんばね」
と、母の耳元で言ったけど
何を頑張れと私は母に言っているんだ
なぜ母は頑張らなければいけないんだ
死んだ方が楽ではないか
肺炎を何度も繰り返し
どうにか生き抜いてくれと祈り
何度も乗り越えてきただけの二十数年
葬儀屋の積み立てだけはしっかりたまった

ただただ母は生きながらえて
母は幸せだったのだろうか
せめて死ぬとき正気に戻り
「お前が側にいてくれて幸せだったよ」
と、母から言ってもらいたい
「心配かけた分、母さんおれは頑張ったぞ」と、
母に伝えたい

母が認知症になって
もう何度目の夜だろうか
母の病室を出て暗い階段を下りるとき
「今日も母は生きていた」
と、フーッと大きな息を吐く。
©FUJIKAWA Konosuke

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若者に向けた詩◆詩「見えない矢印」

◆原稿の管理が悪い私にはよくあることだが、若い頃の原稿がごっそりと出てきた。三十数年前に書いた子ども向けの詩の原稿なのだが、どれもよく覚えていない。読み進めていくと自分なりに納得して書き上げたつもりなのだが、どれもこれも赤を入れたくなる。三十数年経ったからと言って、決して詩の腕は上がっているわけではないので、経験だけ重ねて小うるさくなっただけなのだろうか。◆今日の詩「見えない矢印」は、雑誌に掲載した記録が残っていた詩を推敲したもの。◆せっかくなので、しばらくは母の詩と2本立てで、若者達に向けた詩にもお付き合い願いたいと思っている。
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見えない矢印
   藤川幸之助

道路の上の大きな白い矢印。
これに沿っていけば
私は迷わずにあの場所にたどり着ける。

人の心の中にも
見えない矢印があって
それぞれの矢印が
ひとつひとつそろい大きな矢印になり
いつの間にか戦に向かったことがあった。
多くの命が戦の中で消えていった。

その矢印の指す遠く遠く
その先から吹く風の中に
微かな戦のざわめきが聞こえはしないか。
その矢印が自分の向きと
少し違いはじめたとき
それを拒むことができるか。
自分たちの幸せのために
向けられているその矢印が
他の人たちの幸せを
打ち砕いてはいないか。

これに沿っていけば
私は迷わずにあの場所にたどり着ける
のかもしれない。
しかし、矢印に迷わず向かわされ
心の中の見えない矢印が
見えはじめたとき
もう一度私は自らに問う
この矢印の向く先に
戦はないかと。

©FUJIKAWA Konosuke
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入れ替わる◆詩「この銀河の片隅で」

◆赤ん坊の私のオムツを、母もこんなふうに替えていたんだろうなあと、母のオムツを替えながらいつも思っていた。徘徊する母の手を引いて歩きながら、そういえば幼い私は人前に出ると決まって母の手を握って離さなかったなあと、思い出が頭をよぎった。◆何度も繰り返される訳の分からない母の話に私はいつもいつも苛立ったけれど、片言交じりの幼い私の話を母は頷きながら最後まで聞いてくれていた。私にはなかなかうまくできなかったけれど、母にしてもらったことを、お返しにやっていただけだったのだ。◆「介護」とか「認知症」と言うととても大げさに聞こえるが、年老いた母の側に育ててもらった息子が寄り添っているという、ただ至極当たり前のことなのである。◆今日は詩「この銀河の片隅で」を。
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この銀河の片隅で
  藤川幸之助
この宇宙の果て
この銀河の片隅のこの星の上のこの病院で
私は認知症の母の横に座っている
なんてこともない
どにでもあること
言葉なんてどこにもない
母の寝息とエアーマットに
空気を入れる機械音だけ
時々廊下を歩く人の足音が近づいては
遠ざかっていく
高熱で苦しむ母の声で
居眠りから目を覚まし
母の額の汗をぬぐう
ココニスワッテイルノハ
ワタシナノカ?ハハナノカ?
イツカラダロウ?イレカワッタノハ?
高熱で苦しみふと夜中目を覚ますと
母は幼い私を見つめて
私の頭のタオルを替えていた
言葉なんてどこにもない
私の片息と私の背中をさする
母の手の音だけ
時々遠くに犬の遠吠えが聞こえては
静寂の中にのみ込まれていく
この宇宙の果て
この銀河の片隅のこの星の上のこの国で
私はこの母の子として生まれた
なんてこともない
どこにでもあること
©FUJIKAWA Konosuke

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彼岸花の話◆詩「返す」

◆秋に咲く花には、ダリア、コスモス、菊、リンドウなど数多があるが、私は中でも彼岸花を写真に撮ることが多い。◆「彼岸」とは向こう岸に広がる生死を超越した悟りの世界のことだが、これに対して迷いと悩みの多いこちら側の現実世界のことを「此岸(しがん)」という。彼岸花とは、この現実世界に咲いたあの世の美しい花ということなのだろう。◆彼岸花をシビトバナと忌み嫌う人もいるが、私はこの花を見ると亡くなった人ばかりではなく、これまで出会いお世話になった人達のことを思い出す。◆あなたが私の中に咲いている。あなたが私となって咲いていると、どこか人のすっくと立つ姿に似た彼岸花を一本一本見つめながら、これまでこの此岸でこの私とつながりのあった人達のことを、この人達のお陰でやっとここまでたどり着けたと思い出すのだ。◆今日は、詩「返す」を。
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返す
  藤川幸之助
自分が死ぬわけでもないのに
何でこんなにつらいのだろうか
苦しそうな母を見ると
もう死なせてあげたいと思う
いやずっと生きていてほしいと願う
母の生を見守っていたいと思いながらも
母の死に目を背けたい気持ちになる
認知症になって二十四年
母さん本当のところを言うとおれも
もうすっかりくたびれ果てているんだ

どちらが母は楽でしょうかと聞くと
「どちらを選んでも同じです
 死ぬときは誰でも苦しむんです」
と、医師は答えた
「生まれてくるとき苦しんで
 泣き叫んで生まれてくるのと同じです」
と、医師は付け加えた
あの世との行き来は大変だ

難産だったらしく
私は驚くほど大きな泣き声で
生まれてきたと母から聞いたことがある
男である私には分かるはずもないが
母の産みの苦しみは計り知れない

この大きな大きな
宇宙の子宮の中から
さあ今度は私が母さんを
あの世へお返ししますよ
こちらも難産らしく
母は驚くほど大きな泣き声をあげる
男である私にも分かる
母を返す苦しみも計り知れない

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